「もう来ないでください」 重ねた唇が離れると、吐息の合間に少女が言った。当たり前のように指を伸べて、柔らかな頬に触れようとすると、やんわりと押し戻された。 暖かくて優しい生き物は、ゆるやかな笑みとともに、穏やかに言った。 「もう、あなたのお相手をするのに飽いてしまいました」 一口に言って、美しい顔立ちの少女ではなかった。人を一目でひきつけるような艶やかさをもっているわけでもなかった。 ただ、春の日のような穏やかさがあった。 「もうわしに飽いたか?」 少しおもしろがるような声で少年が問うと、少女は頬に笑みをうかべたまま応えた。 「あなたのことで思い悩むのに、飽いてしまいました」 ――そして、見た目からは予測できないほどの、強い意志。 「あなたが、わたしのことをどう思っておいでなのか知りませんが」 つぶやき、少女は言葉を止める。 彼女の目の前で、強く見つめてくるその少年は、その辺りの村でよく知られた人だった。けれど誰も彼の正体を知らなかった。そこらの村人と変わらないような服装なのに、派手な飾り紐をつけた刀を腰に差して、いつもふらりと、思いもよらないところへ現れる。身なりが良いわけではなかったが、暇そうに歩き回っているから、きっとどこかのお坊ちゃんなのだろうということで通っていた。ふらふらとあちこちへ現れては、騒ぎを起こしてはいたが、明るく飄々とした人柄は、周辺の住民たちに好かれていた。しかしながらついでに、女癖も悪いことで有名だった。 「わたしは、あなたの名前も知りませんわ」 「そうだったかな」 言われてはじめて気がついたかのように、少年は少し目をそらして、考えるような様子を見せる。とぼけたような仕草に、少女は笑みを深めた。 「あなたも、わたしの名ですら、ご存知ないでしょう」 少年の眼差しが、再び少女の元へ戻ってくる。 昨日今日知り合った相手ではない。幾度となく肌をあわせた人だった。けれども確かに、少女の言う通りだということに、気づいた。 「わたしは、遊び女ではありません」 穏やかながら誇り高い少女は、やんわりと、そして強い声で言った。 「お帰りください。そして、もう二度と来ないで」 |
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