最初に国を乱した飛田家。彼らは、すでに滅びた――彼らが滅ぼした皇家の直系ではないものの、濃い姻戚関係にあった。幾度も飛田家から娘が皇家に嫁ぎ、幾度も皇下した姫君を嫁に貰い受けている。皇族の血を濃く引き、国を治め正統を名乗るのに十分な血筋だ。 そして神宮家は、飛田が弑虐した帝の庶子だった。正統を名乗るには十分の資格がある。飛田が皇族を滅ぼしたためと、その後の政変時の動乱のため、皇族として正当性を語れるのは彼らしかいない。 氷鉋家はその飛田家に取り入り、かつての皇家と同じように彼らの娘を迎え入れるなどして、姻戚になった。飛田を納得させおとなしくさせると同時に、大きな勢力を誇る彼らを後ろ盾にしてしまえば、恐れて逆らう者が少なくなる。 神宮は、大きいわけでもなく、小さすぎるわけでもない家の地位を守り続けていた。氷鉋家も神宮に対しては、当たらず触らずの姿勢であり続けた。中央政府が神宮を見て見ぬふりを続け、度外視されているような状況が続いていても、とくに排除されるわけでもなかったから、神宮家としてもいちいち波風を立てようなどとは思わない。家をつぶそうと働きかけてくるのならともかく、政権争いなどに巻き込まれることを好まない神宮としては、かえってありがたいくらいだった。 両家の性質を、氷上家はよく見抜き、同じように周辺の家に働きかけ、そうすることで頂点に座り続けた。不在の皇家にかわって、国を鎮護する――そう自ら意味づけ、鎮撫征討将軍を名乗り、今ようやく、三代目。 そのようやく迎えた三代目の、次代を迎えるにあたって、この政権は揺れだしていた。 現当主に、なかなか男児が誕生しなかったのが、そもそもの混乱のもとだった。そう年をとっているわけでもなかったからあせる必要はないはずだが、自分たちが頂点に君臨することへの決定打をもたないことを重々知っていた彼は、やはりあせったのだろうし、跡継ぎをいつまでも空席にしておくわけにはいかなかった。 自分の、年の離れた弟を跡継ぎに指名して、さらに数年の後、待望の男児が生まれた。ここで問題が発生した。もともと、氷鉋の現当主、鎮撫征討将軍氷鉋松昭(ますはる)はそれでも、弟に地位を継がせるつもりだったと聞いている。それを、横から手出ししたのが、男児の産みの母の一族だった。生まれた子供は側室の子で、せっかくの男児を次代につけようとした。それに反発した御台所――将軍の正室が、実質跡継ぎである将軍の弟、氷鉋恵松(けいしょう)を支援した。派閥争いだ。 ここに来て、放り出していたはずの神宮家に両派からの誘いの手が伸びている。手を触れたくなかったはずの「正統」の後ろ盾がほしくなったのだろう。曰く、嘉銅の妻に、氷鉋縁の娘を娶らないかと。 将軍の弟を支援する御台所に子はなく、側室は息子を産んだのが初産だった。それぞれの一派は、彼女たちの生家から嫁を迎えろと言い出してきた。――当然、両方と言うわけにいかないから、どちらかを選ぶことになる。 のらりくらりと逃げてきたが、状況は差し迫ってきている。そこについ先日、再び氷鉋家からの使者があった。氷鉋家正室である御台所からの正式の使者で、今まで彼女の生家の血縁の娘を娶らないかと言ってきていたものが、神宮がのらくらと逃げているものだから、今度は違う人間を差し出してきた。 鎮撫征討将軍のさらに別の側室の娘。 業を煮やした正室側が、とうとう奥の手を出してきたと言える。その側室はもともと、正室の侍女で、将軍の手がついたものだ。正室には逆らえる立場に無いし、事実上正室の傘下にある。 そして、将軍家からのお達しで、将軍の娘を降嫁させるとあった申し出を、簡単に断ることができるわけもない。 現氷鉋将軍の母は、飛田の人間だ。弟である氷鉋恵松は腹違いだから、母の側からは飛田の血を引かない。より濃く飛田の血を継ぐのは当然、現氷鉋将軍の息子であって、その異母弟ではない。 現状として飛田家は何の意思表示もしていないが、飛田家が支援するのはどちらであるのかなど、問うまでもないことだろう。業を煮やしたとはいえ、最終的に神宮がどちらにつくのか、確証があったからこそ、御台所は将軍家の姫君を神宮に差し出すと言ってきたのだ。 最初に皇族を滅ぼそうとし、神宮の初代を執拗に追い回した飛田家と、神宮家は、公然と知れた敵対関係にある。 「飛田と縁戚になるのか」 氷鉋の姫は、飛田の女を祖母に持つ。つまらないこだわりだと分かっている顔だったが、神宮当主は思わずのように吐き出した。 「今さらです」 嘉銅が、のんきに返すと、父は再びため息をついた。 「もう少し、状況を選べないのか、お前は」 「今このときだからこそ、神宮としても、意識表明をしてみせるべきです。いつまでものらりくらりと逃げおおせるものでもない」 それは、わかりきっていることだ。 「最近、ご執心の娘がいるのではなかったのか?」 「おりますよ」 問いかけに、変わらず彼は飄々と返す。うろたえもしない様子に、神宮当主は開け放した障子戸の向こう、廊下に控えている映萩の方へと顔を向けた。主の視線に気がついて、映萩は顔を上げると、嘉銅をちらりと見ることもせずに、少し得意げに言った。 「若は、昨夜ふられておいでですから」 「だから、ふられていないと言っているだろうが」 嘉銅は映萩の方へ顔を振り向けて抗議するが、映萩は聞いていない。 「なんだ、やけになってるのか?」 父親にまで言われて、さすがに多少げんなりした顔で言い返す。 「違いますよ。どちらにしても、室を迎えねばならない状況でしょう。わしとしては、できるだけ早い方が良いというだけです」 「分かった分かった。どちらにしても、そう延ばせる話でもないからな」 そう言うと、もうこの話は終わりとばかりに、神宮当主は再び箸を手に取った。 どう状況を見送っても、神宮が参入せずに済むような展開ではなくなってきている。嘉銅から言い出してきたことは、神宮当主にとってみれば、踏ん切りがついた程度のことであって、もう逃げられる事態ではなかった。 「とりあえず、なぜそう急ぐのかは聞かずにおいてやる」 続けられたからかうような言葉に、嘉銅は言い返すのが面倒になって、箸を手に取る。朝食に専念することにした。
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