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 明日は試験でしょう。どうするの。
 知ってるわ、あなたなら、今頃焦って机にかじりつかなくてもいいのでしょう。
 ええそうよ、わたしも同じよ。直前になって慌てたりしないの。
 でもこれで、進級できるか、卒業できるかどうか決まるのよ、どうするの。
 分からない?
 あなたは進級するわね。わたしは卒業するの。
 卒業するのよ。
 夢の時間は終わったの。眠っている時間は終わったの。許される時間は終わったの。子供の時間は終わったの。
 稚拙な誤魔化しに、欺きに、いたずらに、もう誰も笑ってはくれないわ。
 山の端に朱が落ちていくわ。明るい時間は去って、人間の時間は終わるのよ。だけど、夜になっても、闇は来ないのよ。何も隠してはくれないの。
 雪がとけていく。春が来るわ。そして消えていくの。花は咲き、散っていくわ。夏の日差しがすべてを照らす。極彩色の季節が来る。何もごまかすことが出来ない。暴き出す季節がくるわ。
 このままではいられない。
 もう、遊んでいる時間は終わったの。
 いつまでも、遊んではいられないのよ。
 夜になったら目を覚ますの。だって、危険でしょう。
 大人の時間なのだもの。
 容赦ない鬼が、食べに来るのよ。
 ねえ、どうするの。



 ゆらゆらと少女が笑う。
 夕間暮れの紫の部屋の中で、細い指は繊細な音を微かにさせながら、ティーポットからカップへお茶を注いだ。蒸した茶葉の芳香が、部屋の中に広がる。

 揺れる湯気を見ながら、少年はひとつ、息を吐く。



 あなたは卑怯だ。
 いつも笑いながらぼくに決断を迫る。
 最初もそうだった。最後までそうなの。
 違うよ、ぼくが甘いんじゃない。鍛えてあげているのだなんて、つまらないことを言わないで。あなたがずるいんだ。それだけだよ。
 だって、もう決まっているのでしょう。
 決めているのじゃない。もう、決まっているんだ。全部自分で決めて、決めてから言うんだ。決めていないことを、口にしたりしないでしょう。
 ぼくは、それを選ぶだけなんだ。
 いくつも道があるようで、いつも一つしかないんだ。自分で選んでいるつもりで、あなたの思い通りのものを手に取っているだけなんだ。他を選ぶことなんて、できないんだよ。
 それに、鍛えられたって何の意味もないよ。ここで止まるんだから。
 分かっているよ。分かっていたよ、最初から。
 あなただってそうでしょう。分からないあなたじゃないのだから。
 それでもこれを選んだんだ。
 ぼくだって、いつまでも、姉と弟が一緒にいられるとは、思っていないよ。
 あなたは卒業すれば、すぐに誰かと結婚させられるのでしょう。女学校は、結婚までの時間つぶしだもの。
 それもぼくだって、あまり変わりない。
 まわりがぼくらのことを不審に思い始めてる。この間いらした、伯爵夫人を見たかい。
 随分仲の良いご姉弟ですこと。でも、いつも男の方とご一緒だなんて、いくら弟君だからと言って少し、ねえ……って笑ったんだよ。
 あなたのことをはしたないと言ったんだよ。
 ぼくらのことに気づいたのかどうかわからないけど、あの人のせいで、周りの人間が外聞を気にし始めてる。
 だけど、ねえ、ぼくを選んだの。それともただ、この終幕を望んでいただけなの。
 そうやって、いつも笑っているだけなんだね。
 あなたの言うように、もう子供の時間は終わりなんだ。斜陽の後には、宵闇に星が散る。時計を止めても、時間は止まらないんだ。もう、遊んでいられない。
 いいよ、そのお茶を頂戴。
 ぼくでいいのなら、あなたのお供をするよ。

 でも、できれば最後に口付けて。


終わり





一言 




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お題バトル初挑戦その1。
テーマ「終わり」
お題「時計」「初夏」「夕暮れ」「出がらし」「テスト」「目覚め」

「終わり」で「死」が来るあたり短絡なんですが。カギカッコのない物語の話をしたときに「全部がセリフだったからカギカッコがないものを書いたことが」というお話を聞いて、そういうのやってみようかなーという感じで書いてみましたよー。
時代考証をする時間はちょいとありませんでした。

最後の「口付けて」は前にもちょっと三国志ネタで使ったですが、これで終わるのかなりお気に入りらしいです私(笑)。

ちなみに制限時間2時間(……で2作書いたうち1つ)。原稿用紙6枚



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