サイトの二周年企画オムニバス、テーマ「記念日」のSSその1。
ダウンロードフリーでした(終了)。

お持ち帰り転載してくださり、イラストつけてくださったサイト様。
↓せっかくなのでこちらにでかけてください。こちらでも読めます。
「鯖小屋」様

うしろのふたりがかわいい(笑)






漸進 ぜんしん







 よく晴れた日だった。雲ひとつない晴天、照らす太陽は、少し暑いくらいだ。穏やかな風があるので、蒸すことはなかったが。
 書簡を抱え、主君を探して回廊を歩いていると、行く先で騒がしい声が聞こえてくる。今更誰が騒いでいるのかと問う必要もなく聞き覚えのある声で――それでなくても、城の中でこれだけ騒ぐのは彼らくらいのものだったが、孔明は呆れ半分、残りはおもしろがりながらそちらの方へ足を向ける。
 少し行った回廊の脇、階を降りて出られる石畳の中庭で騒いでいる三人がいた。大柄な人間二人に、中背の男。どこにいても賑やかな三人組だった。
「なにをしているんですか、あれは」
 階の横、柱にもたれて趙雲が立っている。その横の欄に両肘を起き、もたれるようにして様子を見ながら孔明が問うた。「あれ」とは主君を指すにはあまりにぞんざいな言葉だったが、同じように中庭を見ていた趙雲は、まったく気にした様子がない。とは言え、孔明のそんな態度には誰もが慣れてしまっているから、今更気にする者もいはしなかったが。問いかけに、趙雲は彼らしくまじめに返した。
「今日は何かの記念日だとかで」
「あの人たちは、毎日何かの記念日だとか言ってませんかね」
 引っ掛けていた腕をもちあげて頬杖にしながら、孔明はだらけきった姿勢で呆れを体現しながら言う。顔が皮肉な笑みを浮かべていた。
 そうなんですが、と趙雲が応える。
「一体何の記念日か思い出せなくて、もめてるみたいですよ」
「……それは、記念日である意味があるんですか」
 ないでしょうね、と応える趙雲も、主君への遠慮がないといえば、そうだろう。
 何とは無しに、もめる人たちを見ていた彼らの前で、ようやく何か話がまとまったのだろう、中庭の人たちは急に陽気に笑い出した。
 単純でうらやましい、と孔明は皮肉に思っていたりするが。
 肩を叩きあいながら楽しげに笑っていた彼らは、ようやく自分たちを見ている視線に気がついたようだった。笑いながら劉備が、よう、と手を上げる。



「一体何をしてたんですか」
「息抜きだ、息抜き」
 孔明を従えて執務室へ戻りながら、劉備は事も無げに言う。忽然と姿を消した彼を、人々はそれは深刻に探していたというのに、まるで悪びれたところもない。そもそも、悪気もなかったのだろうが。何はともあれ、堂々と中庭で大騒ぎをしている人を見つけられないとは、この城の人間の目はみんな節穴なんだろう、と孔明は思った。
「子龍殿が、何かの記念日だとかおっしゃってましたけど」
「そうそう」
「何だか殿は、毎日何かの記念日だっておっしゃってませんかねえ」
 間延びした問いかけは、馬鹿にしているといえばそう聞こえるだろう。孔明は普段からそうだったが、実際馬鹿馬鹿しいと思っているから余計にそう表にでている。本人はそれが分かっていてまったく気にしていないが――むしろ、わざとそうしているところがあるが。
「だって、おもしろいじゃないか」
 相手も、まったく気にしていなかった。孔明の声も口調もおもしろがって、笑いながら応える。
「ただ、日々が過ぎていくよりも、何かその一日一日に意味があるほうが、楽しいだろう」
「本当に大事な記念日に、ありがたみがなくなる気がしますがね」
「うーん、大事な記念日もそうだが、毎日が大事だと思うがな。毎日、何も起きていないわけではないのだし」
 少し得意げに劉備は言う。
「例えば、今日は「翼徳が雲長に腕立て伏せで勝利した日」でな」
「……なんですかその、次元のひくい記念日は」
「まあ、何を記念にするかは人次第だ。それで、今日は毎年、翼徳と雲長は腕立て伏せで勝負をする」
「それで、雲長殿が勝ったらどうなるんですか」
「そしたら、「雲長が、腕立て伏せで翼徳に挽回した日」となるわけだ」
 屁理屈といえばそうだが、劉備の言う通りではある。
「翼徳は、折角の記念日を奪われたくなくて、日々修練する。雲長は、名誉挽回のために修練する。な、無駄にはならんだろ」
 確かに、そういう理屈にはなるかもしれない。実際、そんなことのために修練を積もうとする人間がいるのかどうか、それは謎だったが。――むしろ、そんな人がいたらお目にかかりたいくらいだったが。
 孔明は、くつくつと喉を鳴らして笑う。脳天気にも程があると言うものだ。
 その笑い声に劉備は孔明を振り返り、少し拗ねた風に言った。
「おめでたい奴だと思っているだろう」
「思いませんよう」
 まったく心のこもっていない声で、孔明が言う。劉備は楽しげに笑った。
「胡散臭いよなあ。誰が信じるか」
「なんとまあ、ご自慢の腹心に向かって、主君が言う言葉ですかねえ、それ」
「自分で言うか。おぬしこそ、わしのことなど何ほどにも思っておらんくせに。おぬしといると、わしは時々、自分の心の広さに感動したくなるな」
 そう言って彼は、ただ、笑う。孔明が唇を吊り上げて笑いながら「またそんな嘘を」と言っても、呑気に笑うだけだった。
 そもそも彼は、慈悲深く優しい人だと思われていて――それは嘘ではないが、本当のところはとっても喧嘩っ早い人だ。だがそれも相手に確実に非があると信じた時のみなので、扱いやすいと言えば扱いやすいし、そうでないといえばそうでもない。熟考する前に体が動くから、予想がつかない人だった。そうでなければ今こうしていないだろう。
 ――今更、だったが。
 この人は、驚異的に楽観主義で、前向きな人だった。
 だからこその、彼らしい訓示だが。
「じゃあ今日はさらに、殿が自分の心の広さに感動して孔明に感謝した日、ということで。毎年わたしに感謝してくださいね」
 にやにやと笑って言う孔明を、再び劉備が振り返る。
「いつも感謝しとるだろうが。業突く張りめ」
 劉備はただ楽しげに、恥ずかしげもなく、惜しみなくそんなことを言う。そして、大きな声で笑った。



 ただ、前を向いて歩く。日々の足元を固めて、崩れないように築いていく。
 そのうちの、たった一日、なのだけども。
 何気ないものですら、「特別」と考えれば、楽しいものになるだろう。
 








この話を書いてからしばらく更新が止まってしまったのでまるで蜀ファンのようだ〜という状態になっていました。
そして、わざとテーマから微妙にずれたものを書く私。ベタベタなものって好きじゃないんですもの。

 予定が入っていたりすると、その日を目安に、というか、その日までがんばろうと思いますよね。
 でも、毎日を一生懸命生きていたら、そんな日までってあっという間なんじゃないかな、と思ったり。ただ早く休みがこないかなあ〜と思ってじりじり過ごすんじゃなくて、よし、一日やったぞ!って思うほうが、やりがいもあるでしょう……。
 と自分に言い聞かせる私でした。







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