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三国学園幻談噺



孫策の段

祈りの言葉は知らない
同情なんてほしくない
世界中が俺をあわれんでも
――どうか、君の笑顔を









「うわあああー。公瑾がグレたー!」
 起き抜けにびっくりして叫んでしまった。
 朝起きたら公瑾が金髪になっていた。
 でも振り返った公瑾は呆れた顔で俺を見ると、冷静に言うのだった。
「莫迦なこと言ってないで、さっさとご飯を食べる。置いてくよ」
 言われるままに朝食の前に座りながらも、何で朝っぱらからこんなコトになったのか、俺は懸命に頭を働かせることにした。




 昨日は部活で帰りが遅かった。
「あー、もう、疲れたー。体痛ええ」
 公瑾と共同二人部屋の寮の部屋を開けながら、部屋の中にいるはずの人物に向かって言った、はずだったけど。
「……公瑾ー?あれー?」
 誰も居なかった。
 一体どうしたんだこんな遅くに、と思ったところで俺は、ユニットバスになっている風呂から音が聞こえるのに気がついた。どうやら公瑾は、シャワーを浴びているらしい。
 公瑾不在にちょっとびっくりした俺だが、いるらしいということにホッとして、がさごそと弁当を取り出した。遅くなってしまったもので俺は寮の食事をせず、弁当を買ってきていたわけだが。
 公瑾は俺が食い終わった頃に風呂から出てきて、そんでその頃には俺はゲームに熱中している。そんな俺に構わず、公瑾はとっとと寝てしっまったのだった……そう言えば。
 だからまあ嘘みたいな話だが、同じ寮の同室にいたにも関わらず、昨日の放課後から顔をあわせていないのだ。……まったく。
 それで俺は今こうやっていつも通りに公瑾に起こされて、それで……
「うわあああー。公瑾がグレたー!」
 叫んでしまった。
 それでやっとこさめが覚めた俺に、公瑾はため息をつきつつ呆れた顔で言った。
「莫迦なこと言ってないで、さっさとご飯を食べる。置いてくよ」
 ……と、まあそういう訳なのだが。
 今朝の朝食は、パンに目玉焼き。相変わらず早起きできない俺が寮の朝食に間に合わないので、公瑾が用意してくれていた。
 一口二口食べ、オレンジジュースを一口飲んでコップを置いてから、大きく息をはき……そこで俺はやっと言葉が出てきた。
「お前のお母さんになんて言えばいいんだ、俺……」
 しみじみと漏れ出る一言。おお神よ……ってなもんだ。
「俺、お前のお母さんに、お前のことよろしくよろしくって言われてたのに……」
 見れば見るほど公瑾の髪は見事な金髪。何がどうしてそうなったのかわからんが、とにもかくにも重いため息が落ちる。
「何言ってるんだ。それはわたしの台詞だよ」
 公瑾はいつも通りに応えると、俺がどうして驚いているのかまったく分からないとでも言うような態度で食事を続けている。
 分かっていない――んじゃないんだよな、こういうときは。分からないわけがないし。
 分かってるけど、何か怒ってて考えたくもないから、その事実を無視してるんだな。
 ――ということは不本意なんだ。公瑾にとってこの金髪は。
 んじゃなんで金髪なんかにしてんだ?
「おまえそれ、なんかの罰ゲーム?」
「伯符」
 しつこい俺に公瑾は強く言うと、止まった俺を厳しい瞳で一瞬見て、それからにこりと笑った。オレンジジュースのコップを机に置く。
 俺は射すくめられたかのように、動けなくなっていた。
 こういうときの公瑾には、逆らわないに限る。――と言うか、公瑾はグレたと思い込んでる俺としては、「うっせーなオラー」とか言ってコップが飛んできたりするんかと、一瞬思って。
「わたしは生徒会室の方に用があるので、先に失礼いたします。遅刻しないよう、教室にきてくださいね」
 硬直している俺を残し、公瑾はさっさと立ち上がり、自分の食べた分の食器をミニキッチンの方へ片づけた。それからまだ固まってる俺には構いもせず、荷物を持って行ってしまう。
 ……おいて行かれてしまった。




 何かおかしいなと思い始めたのは、そう、数日前からだ。
 生徒会室で俺は、公瑾たち役員に向かって発言をしていた。
「夏と言えば肝だめし! きもだめしったらきもだめし! 絶対やるぞ」
 季節は七月。テストも終わって後は夏休みを待つばかりという時期。みんな暇してるし。どっか上の空だし。
 ここは一発、大きな行事が欲しいじゃないか!
「……本当にやるのなら、わたしたちは主催側ですから、おどかす側になっちゃいますよ」
 公瑾が少し面倒くさそうに言った。
「おどかすのが楽しいんだろ  俺はやるったらやるぞ! もう決めた」
 そこにきてやっと手元から顔をあげて、公瑾はため息混じりに言った。
「それで、考えるのは全部わたしに押しつけるんだから……」
 ――う。
 俺が思わずたじろいだところで、まったく思わぬところから救いの舟が来た。
「いいじゃないですか。楽しそうですねえ。わたしはのりました」
 孔明が、にやりと悪巧みの顔で笑いながら言った。俺は嫌な気分にはなったが、仲間にすると心強い相手であることは、まあ、とりあえず、うん、言えると思うな……。
 何考えてるか分かんないけどさ。
「孔明殿。何を企んでいるのか、お聞かせ願いたいものですね」
 公瑾はにっこり笑いながら言う。有無を言わさない無言のオーラをかもしだしながら。
「企むだなんてまあ、そんな誤解です。ああショックですねえ」
 孔明はため息をつきながら、額に手を当ててうつむいた。それからもう一度大きなため息をつく。動作一つ一つがなんとわざとらしい。
「そりゃあ、肝だめしといえば、女性と二人で一組になって墓場なんか徘徊しちゃって、オバケが出てきて「きゃー恐い!」なんて抱きつかれたりしてー……なんてこと、もちろん考えてませんとも」
 頭を振りながら両手を広げて、ええまったくちっとも、と深刻ぶった様子で言う。
「誰も突っ込まないなら、わたしがつっこまなきゃいけないんですかね。めんどうなんですが」
 公瑾が黙殺、俺が呆れ……ているため、残った子敬が面倒くさそうに言った。いや、そこまで構ってやらなくてもいいぞ。図に乗るから。
「俺は孔明の気持ちが分かるぞ。ああ分かるともっ。健全な男子たるものそうでなくてはならない。青春万歳!」
 悪ふざけそのままの口調で孔明の台詞に乗っかったのは、生徒会役員じゃないくせに、ちゃっかりと我が物顔で居座って、机を囲んで話に参加している、去年の生徒会長の郭嘉先輩だった。
「当学園が男子校だということをお忘れですか?」
 学園内に配るお知らせプリント「挨拶週間」(PTAによる奨励)の確認をしながら、公瑾が言う。
「何を言っているのかね、公瑾。女性なら隣の学校にいらっしゃるではないか! 先だっての交流会が大成功だった今、その絆がほころびない間に、次なる企画を打ち出すのが男というものだぞ」
 三国学園の隣には、三国女学園という女子校がある。こちらも有名なお嬢様学校で、当校ほどではないものの、小、中、高等部とたくさんの生徒を抱えている。そこの理事長はどうにもうちの学校をあまり好いてはいないらしく、当校の生徒が女子校の生徒と関わりを持つのをよく思っていない。そのくせ女子校の生徒たちは堂々と放課後などにうちの学校に来るのだから、どうなっていることやら。まあ、実際運動部の応援だとか、マネージャーだとかの協力をしてもらってるし、文句言えないけど。
 それで交流会というのは、先輩や曹理事長補佐が画策した、隣の女子校と交流を持ち、さらに親密になろうと言う企画だったのだ。色々大変だったものの、とりあえず、つつがなく終えることができた。
 とりあえず。
「なあ、公瑾――」
 先輩は公瑾の隣りに座っていた。先輩は、顔を下に向けて仕事をしている公瑾の顔を、隣から覗き込むようにして笑う。まるで、女性を口説くときのような甘い笑顔で――
「……おいっ!」
「それでは、はっきりと言わせていただきましょう」
 俺が文句を言いかけた先を制して、公瑾が笑顔で顔をあげた。にこにこ笑いあいながら、お互いに相手の言葉の先を読もうとしている。……ああ恐い。
 だいたい公瑾は、あの交流会に腹をたててるから、笑顔に気迫が込められている。
「我が校の生徒だけで一体どれだけの人数がいると思ってます? 高等部だけにしても、千人超えます。ぞろぞろ連なって行ったところでおもしろいものでもないでしょうに、その人数でどうやって肝だめしを? 一体どれだけ時間がかかります? 加えてお隣と共同となれば、全員終わる前に夜が明けます」
「高等部だけに決まってるだろ、こんなおいしい企画。希望者をつのって、その中からさらに抽選だ。もしお隣と一緒にできるんなら、同じ要領で同人数になるように選べばいい」
 余裕の笑みで先輩は言う。
「さっきも公瑾殿がおっしゃいましたけど、わたしたちは驚かす側ですよ。分かってます?」
 子敬がそんなことを言っているが。
 あっさり打開策を出されて、公瑾は不機嫌度を増したようだった。この場合、打開策を出されたからじゃなくて、この企画自体が嫌なんだな……、きっと。
 いつも俺のわがままは聞いてくれてるから、肝だめしだけならともかくも、隣の女子校が絡んでくるとまた嫌な目見るとか、思ってるんだろうな。
 女装させられて怒ってたもんなあ……。
「それもまた一興♪」
 郭嘉先輩はそれが分かってて、そのくせまったく気にしないで言う。
「わたしも構いませんよお。暗くて人気のないところで公瑾殿とご一緒だなんて、なかなかいいじゃないですか。男だろうが女だろうが、わたしは美人と一緒がいいです」
 にやにや唇の端をつり上げて笑いながら、孔明が得心顔で続けた。
 けどまあ、公瑾はきっぱりと無視をして、さらに問題点をあげる。
「何人参加するにしても、夜となればきちんと監督できる人が必要です。それから主催地は? 準備にどれだけ手間暇かかります?」
「おやおや、さすがに次々と問題を出してくれるね。監督はまあ、先生たちに頼むとして、主催地は俺に当てがある。準備はみんなでがんばろうじゃないか」
 先輩はいとも簡単に返してしまった。さすがに頭の回転が早いなあ。
 余裕の笑み付きで返されて、公瑾はどうやら脱力したらしく、大きくため息をついた。それからさっきよりも随分やわらかくなった声で、俺に聞いてくる。
「伯符は? やっぱりやりたい?」
 こりゃ大丈夫だ。俺は無条件で思った。
 ホッとしたのもあり、嬉しかったのもあり、俺は笑顔で応える。
「やる!」
 公瑾は俺を見ると、困ったように笑った。やれやれ、という感じで。
「分かった」
 そう言ってくれた――はずなんだけど。
 なんかあの時は確実に怒ってたんだよな、公瑾。
 あれ、俺に怒ってんのかなあ。俺のせいでもあるしなあ。
 でも先輩と孔明の方が、たち悪いと思うんだよな。
 一体どうしたんだろ。




 とにもかくにも、公瑾の金髪に驚いたのは俺だけじゃなかった。ま、当然だな。
 担任、クラスメイトに止まらず、あっと言う間にその情報は学園中を駆け抜けていった。公瑾あの顔だから、男子校って事もあってうちの学校の生徒に人気だもんなあ。憧れの的だしなあ。みんな驚いたんだろう。この調子だと、女子校の方にも伝わってるに違いない。
 俺は素っ気ない公瑾とそのまま一日を、いつものようにつつがなく過ごし、今日ばかりは逃げ出したりしないでおとなしく生徒会室に行き、居眠りなんかしたりしないで大人しくしていた。
 そんな中、生徒会室に来訪者が現れる。




「はじめまして。今日からこちらで書記の仕事を手伝わせていただくことになりました。中等部2−Aの陳長文です」
 生徒会室の大きな扉を開けて、人々の前で少年はそう言った。
 実のところ、この生徒会には書記に空席があった。選挙で決められる生徒会メンバーに空席というのもおかしいが、実際そうなのである。
 この学校の生徒会メンバーは投票で決められるが、実力重視の学校らしく、一年生でも生徒会長になれるし三年生でも続けられる。しかし反面、強制的に引きずり下ろされることもあり、辞めるのも自由なわけである。
 そういう訳で、前任の書記の一人が中途半端な時期に辞めてしまい、生徒会の中に空席ができてしまっていた。そんな場合には、生徒会長が生徒会協議を通して次の投票の間まで生徒を指名することができた。しかしその場合、指名を受けることができなかった生徒が、その座を争奪することもできる。なかなかサバイバルな校風である。
 そういう訳で指名を受けたのが彼、長文だった。
「ようこそ。歓迎しますよ。――本当に」
 有名私立高校らしく――と言ってしまっていいものなのか、ヴェルサイユ宮殿にでもありそうな馬鹿でかい机を囲んで、生徒会メンバーたちが座っている。豪華な椅子をどけて立ち上がると、公瑾はにこやかにそう言っていた。
 ちとわざとらしくはないかい、というくらいの強調の仕方ではある。
「おー。がんばれよー。しばらく大変だろうけどな」
 俺も励ますように言うと、彼は公瑾の言葉に恐縮しつつも、真面目そうな顔を輝かせる。
「はい、ありがとうございます。がんばります!」
 勢い込んで元気よく言った。
 この長文を選んだのは公瑾だ。俺は、まあ、言われるままに指名しただけなんだけど。
 実際俺なんて、長文は成績も優秀で真面目――だということしか知らなかったりする。てゆうか、これはこの間公瑾に聞いたから知ってるだけのことで、実はそんなに知らない。
 しかしだからって、わざわざ中等部の生徒を指名するほどの理由にはならないんじゃないか? そんなことしてると、高等部の生徒が怒って、争奪戦が起こるぞ。だいたい、生徒会の空席を狙う生徒が多いのは、権力を握りたいからとかそれだけじゃなくて、メンバー目当ての場合が多いから、みんな目の色変えて異常な執念見せてくれるからなあ。あの子、大丈夫か?
 それにそう、俺がこの子について知ってることと言えば、そう――。知ってることと言えば……。




続く

概要。 続。 戻頁














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