孫権の段
日は昇り 巡っても いつしか俺一人 |
時々、兄上は本当にもの凄くバカなんじゃないかと思うときがある。 これはこの際もの凄くバカなんだと「本当に思う」と取ってもらっても、「本当にもの凄く」バカなんだと思うと取ってもらっても構わない。どっちも間違っていないからね。 本当に、心底呆れてしまう時が、ある。 「公瑾がグレた! どうしよう。どうしよう!」 わざわざ中等部まで来てこれだし。呆れるなって方が無理だろう。 「公瑾兄がグレるわけないだろ、兄上じゃあるまいし。だいたい、今時グレるってなんだよ」 「お前、信じてないな。公瑾が金髪になってたんだぞ。あの公瑾が、パツキン!」 「なに言ってんの。兄上じゃあるまいし、公瑾兄が金髪なんてさー。それにもし兄上の言ってることが本当だとしても、何か事情あるに決まってるだろ。……だいたいさー、金髪ぐらいでなに言ってんの」 「ななななななにお前、この兄をバカにしてるだろう!」 「莫迦にされる兄上が悪いんだろ」 ホームルームが始まる前、わざわざ中等部に来てまで、高等部以下の生徒を束ねる生徒会長様が何を言い出すのかと思えば、これだし。珍しく早起きしたんだと思ったら、こんなこと言ってるし。しっかりしてるくせに、時々ものすごーく情けないよなー、兄上って。特に公瑾が絡むと。 だいたい、教室の入り口のとこに呼び出しただけで立ち話っていうのもやめて欲しいな。兄上のせいでさっきから皆の視線が集中してるんだけど。 「お前なー! いつもいつも俺に泣きついてきたりとか、武術の腕、尚香にも負けるくせに、俺を莫迦にするな」 「なに、わざわざ人が気にしてることで莫迦にしに来たの? だったらさっさと帰ってよ!」 「でもだって、黒髪の方が良いと思うんだ」 俺を怒らせてしまって、兄上は慌てて急に変なことを言い出した。さっきの話の続き? 俺の機嫌取りが先じゃないの? 混乱して慌てて、とにかく用件しか口から出てこなかったみたいだ。 「別に校則違反とかじゃないだろ?」 ため息とともに言いかえす。金髪程度で校則違反なら、この学校の生徒は半分は校則違反だ。うちの学校は特殊だから、その辺ゆるいんだよね。 「違う、そゆんじゃない。そりゃ公瑾は金髪も似合うけど、俺は黒髪の方がいいと思うんだ。雰囲気にあってて」 ――何言ってんの、この人。 俺は、とにかくそんなことまで思ってしまった。やっぱ動転しすぎて、言ってることが俺の言葉と会話してない。 兄上は凄いと思うし尊敬してるし、自慢だけど、本当に時々呆れるくらい莫迦だよ。 「いきなり自分に何も言わずに髪の毛ばっさり切った彼女にうろたえる彼氏みたいなこと言うのやめて欲しいな」 ため息をつきながら言ってやった。 「また兄上がなんかやらかしたんだろ。ついに公瑾も怒ってぐれちゃったんじゃないの」 呆れながら自分の中では冗談半分、そんなことあるわけないけど、と付け足して思いながら続けると。 「え、やっぱそうかな。俺が悪いのかな。でもなんで? 俺何もしてないって」 兄上はさらに動揺して真剣に考え込んでしまった。んー、真面目な顔していると、わが兄ながらかっこいいとか思ってしまうんだけど。真面目な顔して考えていることが大抵真面目な事じゃないから、問題なんだよ。 「何もしてないのが悪いんじゃないの。ほらまた仕事全部公瑾に押しつけたりしてんじゃない?」 予感的中、図星、ど真ん中ストライク。兄上は大いにうろたえてしまった。ああ、本当に露骨に顔に出る人だな〜。 その動揺の仕方があまりにも大きくて、壁に手をついてうつむいて黙り込んだりしてしまって、あまつさえほっておけば座り込んで「の」の字でも書き出しそうな雰囲気だったんで、俺もいい加減可哀想になって、慌ててしまった。そこまで過敏反応するとは思わなかったよ。 「今更公瑾だってそんなことで怒んないだろ。最近に始まった事じゃないしさあ」 「ああ……そう言えばこの間、そんなこと言われた」 ……言われてんじゃん、情けない。 とにもかくにも、俺の正直な気持ちを言う。 「兄上じゃあるまいし、公瑾は別に大丈夫だよ」 「ああー、まあ、そうなんだけどさあ」 普通、自分で認める? 「そんで、何しに来たの。俺になんかしてほしいわけ?」 ため息混じりに言うと、兄上はきょとんとした。――なんだよ、その気の抜けた顔は。失礼だなー。 「いや、別に。驚きのあまり誰かに報告せずにいられなかっただけ。お前に頼むくらいなら俺自分で行動するし」 その方が確実だし。……とかなんとかまあ、人の神経逆撫でる事を言ってくれた。なんだなんだそれは! ここまで兄上の莫迦さ加減につきあってあげてんのに! 「人を莫迦にしに来たんなら、帰ってよ!」 怒鳴ると兄上は、今度はぽかんとしてから、悲しそうになった。 「仲謀の意地悪〜」 だから、なんで俺が悪いんだよ! 兄上って、ほんとバカ! 続く |
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