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三国学園幻談噺



孔明の段

所詮この世は幻想
ただ己だけが真実
ただ君だけが現実









「肝だめし大会? 大いに結構。ほれ、印鑑」
 理事長補佐のいらっしゃる部屋に行くと、曹操殿は報告の全容をよく見もせずに、許可の印鑑を押してくださった。さすがイベント好き。
「女学園の方にもとりあってみてもらえませんかねえ」
 書類を受け取りながら、わたしはものの次いでのように言う。いえ、これが最終目的なのですけどね。
「うむむ。共同でやるのか?」
 曹操殿は真面目な顔でお答えくださった。きっとその渋いお顔の下ではにやにやと笑ってらっしゃるに違いないですね。
「わしよりも公瑾か文若の申し出なら、向こうの理事長も承認してくれるのではないか? わしだと何やかやと疑うんだあいつは。だが先に生徒会の方にとりあってみろ」
 生徒会を味方にできれば、この企画は成ったも同然ですね?
「ええ、一応尚香様にとりあってみました」
 向こうの生徒会には、孫策殿の妹君が生徒会のメンバーでしたからねえ。あの方には以前の企画もお手伝いいただきましたし、おもしろいもの好きのあの方なら、きっと、どころか絶対乗ってくださるに違いない。
「孫尚香でいいのか? お前、黄月英と親しいのではないか?」
 曹操殿はさり気に痛いところをお突きになる。わたしは思わず困った顔をしてしまった。
「だって――」
 わたし、あの人に口で勝てませんからねえ。
 言いかけて――慌てて止まった。おっといけないいけない。
「いいんです、尚香様で」
 表情を不自然でないようにとりつくろって、きわめて大したことではないようにさらに気をつけて、わたしは言った。だって、そうでしょう。弱みを握られてはたまりませんからねえ。
「理事長の方に取り合うときは、文若殿のお力添えを願えますか」
「ん? どうした。公瑾は動かんのか?」
「ええ、それがねえ。公瑾殿は女学園との共同行事というものに、あまり良い印象をお持ちでないようなので。残念なのですがねえ」
 わたしは首を振り振り言った。まったく、せっかくおモテになるのに、残念です。
「当然ですよ。この間は、あんな目にあわされてるんですから」
 ジュンイク殿が向こうの机で、ご自分の作業からやっと顔をあげておっしゃいました。交流会での女装の件ですね。
「わたしだって、これ以上片棒を担ぐのは嫌ですよ」
 少し困ったような顔で、やわらかくおっしゃる。
「まあ、そうおっしゃらずに、そこを何とか」
 営業中のサラリーマンのようなことを言うわたしに、曹操殿は不思議そうに口をはさまれた。
「だからと言って、孫策殿に頼まれてあいつが動かんことはないだろう。何か他に理由でもあるのか?」
 おやおや、さすがに鋭くていらっしゃる。
「ええ、まあ。これは、郭嘉殿が悪いんですがね」
「奉孝がまた何かしたのか」
「まあ公瑾殿に、ちょっとしたいたずらをねえ。それで怒っていらっしゃるものですから」
 にやりと笑いながらわたしが言うと、曹操殿は少し考えてからはたとお気づきになったようでした。
「……なるほど、そういうことか」
 曹操殿もにやりとお笑いになる。
「それなら仕方ないな。文若、手を貸してやれ」
「だから、嫌だと言っていますでしょう」
 ため息混じりに文若殿は抗議の声をあげる。やんわりとしているが、断固とした強さがあった。
 それでも、そんなことでたじろくわたしじゃありませんとも。今日この日まで図々しく生きてきて、この程度では引き下がりません。
「ありがとうございます。それではお願いいたします」
「……孔明殿!」
 まるきり無視したようわたしに、今度こそ文若殿は普段になく、少し大きな声をお上げになった。
 わたしはとりあえず、いつものようににいーっと笑ってから、根絶丁寧に言葉を返してさしあげる。
「公瑾殿と同じで、文若殿も、曹操殿に頼まれたら嫌とおっしゃらないと思いまして」
 わたしが言うと、ため息をついてから文若殿は少し頭をおさえました。しばらくそうしてから顔をあげると、いつもの穏やかな顔でにっこりお笑いになる。和やかなお声でおっしゃった。
「孔明殿、覚えておいてくださいね」
 おやおや、恐いですねえ。
 ええ、いいですよ。別に? 覚えておいても?
「おい、だが忘れるなよ」
 椅子の背もたれにふんぞり返っていた曹操殿は、スッと眼を細めておっしゃった。真剣な顔でわたしを見ている。目があうと、にやりとお笑いになる。
「もちろん、このわしも参加可能だろうな?」
 あー、下心見え見えですねえ。
「それはまた、どういう魂胆で?」
 分かっていてわたしはにやりと笑い返しながら言う。
「分かっておるだろうが」
 曹操殿は背もたれから身を起こして、机の上に肘を起き、腕を立てて組んだ手の上に顎を乗せた。ニヒルな笑みを浮かべて、低く渋みのある声でおっしゃる。
「ピチピチの女子高生に(死語)「きゃー恐い」なんつって抱きつかれたりする(妄想)おいしいイベントだろうが(断言)。ふふふふ……」
 それ、わたしの台詞とほとんど同じですね。
「あなたの年齢でそれを言うと変態です」
 ジュンイク殿が、書類整理に戻りながらさらりとおっしゃる。曹操殿は笑顔のまま固まってしまわれたが、とりあえずわたしは報告を続けた。
「今は、奉孝殿と長文殿が、お借りする現場の検証に出向いています」
「うむ。どこでやるつもりだ?」
「近所の山奥にあるお寺の広大なお墓をお借りするつもりですけど。そこの一番奥にある祠に用意しておいた記帳に名前を記入して、さらにそこに白い着物一枚で待機している公瑾殿から鉛筆を一本もらって持ち帰るというものです。つまり、参加者には鉛筆が一本プレゼントされる特典となります」
「鉛筆一本? せこいなー。周公瑾の発案か、それ? 予算削減のつもりか」
「残念。これは陳長文殿の発案です。あの人も可愛い顔をしてなかなかせこい」
「ああ、そうか。新しく書記に入ったのだったな。――しかし、大丈夫なのか、周公瑾が一人でそんなとこに待機していて。あれは我が校の野郎どもにだいぶ狙われていただろう。ここぞとばかりに抱きついたり、あらぬ事をしようという輩がいるんではないか。――この文若も、高等部にいた頃は――などといっても大学に進学した今も大して変わらぬが、そんな不埒な男どもに襲われかけたものだ」
「余計なことはおっしゃらなくとも結構です」
 再度ジュンイク殿は顔もあげずに淡々とおっしゃった。曹操殿は少し首をすくめて、再び椅子の背もたれに倒れ込む。
「ま、そんな血の気の多い奴らも、うちの優秀な生徒たちだからな」
 仕方ないか、というように、まあ理事長補佐らしいことをおっしゃいました。
「大丈夫ですよ。公瑾殿なら、十分お強いですから」
 にいっと笑いながら言うと、曹操殿は、まあそうかとおっしゃった。
 そうなのですよ。あの方を襲いたかったら、まずあの方よりも強くならなきゃなりませんし。まあ、寝込みを襲えば一番手っ取り早いんですけどね。
「それに、公瑾殿に何かしようものなら、オバケの格好した王子様にぶっ飛ばされますしねえ」
 付け足すと、曹操殿は拍子抜けしたような、呆れたような顔でおっしゃった。
「それもそうか」



 許可印をいただいた書類を手に、わたしは意気揚々と補佐室を後にする。
 ああこれで、公瑾殿と人気のない暗闇の中で急接近☆なんてこともできたりするわけですねえ。ふふふ。企みますよお。伯符殿になんて邪魔させませんからね、今度こそ。
「おお、こりゃ、孔明じゃないか」
 生徒会室へ向けて歩いていると、呼び止められてしまった。
 おや、これは。
「玄徳殿じゃありませんか。何してるんですか」
 にこにこ笑って手を振っているのは、問題児集団の長であった。
「どうじゃどうじゃ。肝だめし大会の方は。うまくいっとるか?」
 なんだ、そのことですか。もしかしてわたしが通りかかるの待ちかまえてたんですかねえ。相変わらず暇人ですねえ、我が殿ながら。
「ええ。補佐殿に許可をいただきました。この通り、実行は確実です。わたしにかかればこの程度、なんでもありませんとも」
 にやりと笑ってみせると、殿はにこにこ笑いながらわたしの肩をぽんぽんと叩く。
「それで、わしらの参加は確実だろうな?」
「もちろんです。そのくらい、権力駆使してなんとでもいたします」
「そうかそうか」
 殿は嬉しそうに笑う。
 そりゃもちろん、権力駆使して、それでなくてもあの手この手で、抽選のはずの参加者を左右することなど可能ですけどねえ。
「殿たちは確か、おどかす側で参加したいんでしたよねえ? 生徒会としても、協力者は大歓迎ですから。まあ、権力駆使などせずとも諸手をあげて大歓迎です」
 偉そうに笑いながらわたしは殿に言ってさしあげる。殿は嬉しそうに含み笑いをしながら、そうかそうかと頷いた。
「わしはなんの扮装をしようかのう。ああ楽しみじゃのう」
 わくわくとまあ、楽しそうである。今年で高校二年三回目の大人がまあ。
「殿なら別に変装しなくても、あの秘密の特技を皆さんの前で披露してさしあげるだけで十分、驚かせると思いますけどねええ」
「おおそうか? そうかのう。でもなあ、それじゃつまらんと思わんか。ちと地味だしのう」
 そうですかねえ。腕がのびるなんて特技、十分おもしろいと思いますけど。
「雲長殿と翼徳殿は? 何をなさるか決まってるんですか」
「雲長は髭を後ろにまわしてから頭にかぶって、髪の毛に見立てて「さーだーこー」をやるとか、翼徳は閻魔大王になって舌引っこ抜くとか言ってたがのう」
 それはそれは。……しかし、それ以前に、この人たちって別に扮装なんてしなくても十分、妖怪じみてるんじゃないかね。
「それはそうと、孔明はどうするんじゃ?」
 素直に問いかけられて、わたしはにやりと笑いながら応える。
「別に扮装なんてしませんよ。面倒くさいですからねえ。暑苦しいし。通りかかる人たちの足元に、冷たい風を送ってさしあげるくらいですかねえ」
 藪に隠れて、巨大氷を用意。あとは団扇で仰ぐだけ。……なんて、団扇なんかで仰がなくても、風くらいなんとでもなりますけどねえ。ふふふ。
「おお、さすが怠け者。人間離れした驚かし方だな」
 おやおや、言われてしまいましたねえ。
 お互いに、ふふふふ、と笑ってから我々は、その場を去ることにした。
「それでは殿、また短気をおこして、その辺の通行人を殴ったりなんて事の無いようにお気をつけて」
 にやりと笑いながらわたしが言うと、殿はさわやかに笑いながら、まったく頼りにならない返事を返してくれた。
「うむ。努力する」
 それが当てにならないんですけど、まあいいや。別に。
 殿がまた停学になってもわたしは別に損しないし。それでずーっと居座ってるうちに、この学校の主になんてなってたら、笑いますけどねえ。




続く

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