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三国学園幻談噺



郭嘉の段

俺を罵るその唇で
「心がほしい」なんて笑わせないで
愛(ホンモノ)がほしけりゃ
他へ行けよ









「あら、奉孝様じゃありませんこと? お久しぶりですわ」
 仏頂面の長文を伴い、三国学園を出発して、女学園の前を通りかかったときだった。女性に呼び止められて、俺は一、二も無く足を止めて振り向く。
「おや、月英殿。これは奇遇だな」
 足を止めた俺に露骨に嫌な顔をした長文だったが、相手が黄月英だと気がついて、慌てて頭を下げる。
 高等部一年にして三国女学園生徒会長を務める、黄月英。知的な雰囲気を持つ女性で、いつもにこにこ笑っている。怒ったとこなど見たことがないし、それは俺だけじゃないだろう。実際は怒っていても悟らせない人だし、気づいてないだけかもだけど。
 優しいと言うべきかどうか問われると、違うと答えるべきだろうな。いや、優しい人であることは確かだけど、厳密にはやっぱどっか違うんだよな。
 その笑顔がどこか幼い感じがしてついつい油断してしまうんだが、一言一言がさりげなく痛烈だったりもする、なかなか楽しい人だと、俺は思っている。
「先日はどうもお世話になりました。交流会の方、楽しませていただきましたわ。我が学園の生徒たちも、随分と喜んでいるみたいでしたし」
 彼女は上品な微笑で丁寧に言った。
「いえいえ、話に乗っていただけて、感謝してるよ。こちらも楽しませていただいたし。君ともお近づきになれたしね」
 満面の笑みとともに、さり気なく付け足す。長文が俺の横で露骨に「うわっ」というような顔をしているけど、気にしない。てゆーか、無視。女性優先。
「わたくしども生徒会の者も、そちらの優秀な生徒会の方々とゆっくりお話しする機会が持てて、大変有意義な時間を過ごせましたわ。……あら、そちらは新メンバーの方かしら」
 さり気なくと言うものか、露骨にと言うものか、意味深に込めた俺の言葉を笑顔で悪気など全くなくかわし、彼女は長文に声をかけた。――あーもう、さすがですわ。
「はい、初めまして。陳長文と言います。この度生徒会の書記の方に任命をいただきました。未熟者ですが、学園を盛り上げていきたいと思っています。女学園の方々にも迷惑をおかけしないよう、日々尽力いたしますので、どうかよろしくお願いいたします」
 いきなり話を振られて、長文は緊張で顔を真っ赤にしながら、ガバッと頭を下げる。高等部一年にして生徒会長をしている彼女の力量を認めているらしい。女学園の方も生徒会メンバーは、小、中、高等部全部から選ばれ、その全てを掌握する。我が学園ほどではないとは言え、生徒会には重きをおかれているからまあ、真面目な長文が敬意を払うのは当然だ。
「まあ、可愛らしい方ですこと。こちらこそよろしくお願いいたしますわ」
 にこりと笑う彼女に、長文は感動したようだった。普段なら可愛らしいとか言われたら怒るのになあ。
 黄月英と言えば、三国学園の方でも名の知れ渡っている有名人だ。その頭の良さや、なかなかいい味してる性格のこととか――だけじゃなくて。
 孔明と対等以上の会話ができる数少ない一人だ。なんか、幼なじみだとか聞いたけど。
「それはそうと、尚香さんからうかがいましたわ。今度は肝だめしを計画なさっておられるとかで」
「あれ? もう孔明に聞いた?」
「ええ、うかがいましたわ。尚香さんから」
 彼女は少し意味深げな笑みをした。
 あー、なんだ。孔明、やっぱ尚香ちゃんに言ったんだ。……月英殿に直接言えばいいのになあ。
「そうなんだよ。是非とも、また君たちとご一緒できたらと思ってるんだけどね。今日も現場の下見に行くところで」
 俺はさっきのことなど、当然めげずに、笑いながら話を切り出す。けれど彼女は、やはり強かった。
「考えておきますわ」
 ――そうそう簡単にガードをゆるめてたまるかってーの。
 俺にはそう聞こえたけどね。
「だってわたくし、孔明様からそんな企画があるなんて、少しもうかがっておりませんでしたもの。裏でこそこそ画策されるのは、あまりいい気がいたしませんわ」
 やはり笑ったままで彼女は言う。
 さすがだ。さり気に尻に引かれてるな、孔明。
「そいつは悪かったね。尚香ちゃんから話が行ったのなら、ちゃんと月英殿のとこに話が通ると思ってたんだけど、君に対して失礼だったね。ちゃんと生徒会代表で孔明に挨拶に行かせるから」
 やれやれという感じで言ったものの、月英殿は少し驚いた顔をして、それからくすくすと笑い出した。
「あら、そんな。いいえ、そう言う意味ではありませんのよ」
 なんだ。そうなの?
 すぐ色恋沙汰に取りたがるのは、俺の悪いクセですか?
「わたくし、あの方があまりにもやる気のない怠け者だから、皆様にご迷惑をおかけしていないか、それだけが心配でしたの。ですからわたくしのところに話に来ないのも、面倒くさがって他の方に役目を押しつけたのだと思っておりましたのよ」
 おお、痛烈。
「あら、いやだ。わたくしったら長話してしまって申し訳ありません。わたくしも用事がありますので失礼いたしますわ。――長文様、がんばってくださいね」
 完璧な仕草で小さく会釈をして、彼女はそう言った。長文がカチコチになって「はいっ」とか言ってるし。
「月英殿も、前向きのご検討をお願いします」
 俺が口をはさむと彼女は、色素の薄い赤みのある髪をさらりと背にこぼして、小さく首をかしげる。長文に向けたのと変わらない笑みで、俺に向かって丁寧に言った。
「しつこい殿方は嫌われますわよ」
 ――――はい。



 そして俺たちは、山の奥へと延々と続く参道をひたすら登り続けている。ただでさえじりじりと暑いのに、山登りはあまり楽しくなかった。いくら俺が話しかけても、長文は迷惑そうに生返事をして黙り込んでるし。おもしろくない。
 だいたい、こういう労働をなんで俺がしなきゃならないんだ? そりゃ場所の案は俺が出したんだけどさ、伯符とか力の有り余ってる奴が行けばいいのに。公瑾も「生徒会室にいつもいつも遊びに来るほど暇なら少しは手伝いしてください」なんて、にっこり笑って怒らなくてもいいと思うんだよなー。
 楽しい企画のためとは言え、俺も段々面倒くさくなってきた頃、不意に隣で長文がつぶやいた。
「奉孝殿が……」
 不思議そうというか。驚いたような感じで。
「奉孝殿が、女性にあんなに簡単にあしらわれてるの、始めて見た気がします」
 …………うーるさいなあ。
 さすがの俺も、その言葉はちいっとグサッと来た。
「あの人は特別なんだ。強すぎる」
 普段確かに、女の子をよく泣かせてたりするけど、その俺が「嫌われますわよ」なんて、冷静に言われるとは。そんなこと言われたの、タダでさえ気にしてたのに。
「そうですか。奉孝殿も弱みにする人がいたんだ……」
 長文は、感動すらした感じである。
「違うぞー、あの人は別に弱みじゃないね。孔明ならともかく、俺が弱みにするのは――」
 思わず言いかけて、俺はぱたっと止まった。
 長文が興味津々の顔で見ている。――だめだめ。そんな顔で見ても、この俺が教えるわけないじゃん♪



 一応寺の許可は取り付けてあるので、俺たちは寺の人に挨拶をしてから、肝だめしのルートになりそうな現場を調査して回ることにした。寺の周りの山道から、公瑾が待機する祠を回り、一応ご挨拶をしてから霊園の中を歩いていく。
「長文はどうだ? 生徒会の仕事の方は慣れたか?」
 俺が声をかけると、長文は心底驚いた顔で俺を見上げた。
 ――なんだ、その顔は。
「どうしてですか?」
 警戒するなんてひどいなー。俺がたまーに、優しい声かけたからってさ。
「生徒会は学園の最高峰だからな。指名されなかった連中が、そろそろお前に意地悪しに来る頃じゃないかなと思ってなあ」
「……いえ、それなら、今のところは」
 ご心配なく、とは言ってくれない。んー、冷たいなあ。
「それにな、長文はまだ中学生だからさ。難しいこともあるんじゃないかと思ってさー。相談なら乗ってやってもいいぞー」
 にいーっと、自身満々に笑って言う。でも、長文は俺のノリに乗ってくれなかった。相変わらず。
「なんですか、それ」
 顔を前に戻して、抑えた声で言う。感情を抑えるように握りしめた拳が震えている。
 ――また怒ってる?
 んー、本当にもう、挑発に乗りやすい子なんだから。……いや別に、俺は挑発したつもりはないんだけど。
「わたしのこと、バカにしてるんでしょう。そうやって、いつもいつも。いつまでもいつまでも。もうわたしだって、子どもじゃないんです」
 いや、そんなつもりはないんだけど。
 単純なところがおもしろいなーとは、思うけどな。
「分かってますよ。わたしなんかがどうして生徒会に入れたかなんてことくらい知ってますっ。奉孝先輩に邪魔されたくない公瑾先輩が、先輩が嫌ってるわたしを生徒会に入れて、寄りつかせなくしようとしたんだってことくらい! それくらい、みんな知ってますよ!」
 ガバッと顔をあげて怒鳴る。
 おーやおやおや。卑屈になってます?
 それになんか嫌だなあ、その言い方。俺が嫌われてるみたいで。
 公瑾だって本当に俺が嫌だったら、問答無用で追い出すって。公瑾にとっちゃあ、たまに俺が来て気分次第で仕事を手伝ってるの、助かってるはずだし。この優秀な俺を別に追い出したい訳じゃあないと思うんだよなあ。だからさあ。
「まあなあ。んー、長文はまだ甘いなあ」
「なんですか!」
「公瑾を優しげな外見で判断しちゃあいかん。あれはもっと腹黒いぞ。お前は犠牲の羊(スケープ・ゴート)に選ばれたんだよ」
 俺と長文は、一応昔からの知り合いだった。今の実家は遠いが、昔長文の家が引っ越す前は、ご近所だったんだよなあ。同じ私立学園に通ってるからって、長文の家のご両親は、俺に「長文のことお願いね」とよく言ってきてたもんだ。だから俺はまあよく構ってやってたわけだけど。――どうにも構い過ぎて、と言うか構い方が悪くてからかいすぎたせいで、俺は嫌われたようだった。長文の奴と来たら、不真面目な俺の反動で真面目になったような気もするし。
 世間様にはどうやら、俺たち二人は仲が悪いと認識されてるみたいだけど。伯符ですら知ってる様子だったから、まあ学園内で大抵の奴は知ってるか。
 でも長文がいれば、まあ、長文にとってはどうあれ俺にとっては楽しいおもちゃだし。公瑾ってば、たまに悪さをしに来てもそっちに構っててくれれば、自分は絶対安全だとでも思ったか、多分。
 俺の言葉に、けれども長文はめげなかった。キッと大きな目で俺を睨みつけてくる。
「いいですよ、なんでも。羊でも何でも。それでも生徒会のメンバーには違いないんです。……チャンスなんです。わたしが、生徒会にふさわしい者だってことを、証明してみせればいいんでしょうっ? 絶対に、みんなに認めさせてみせますから!」
 長文の声は、墓の間を通って、木々の向こうによく響いた。
 あなたに、認めさせてみせますからと、聞こえた。昔のままだと思ってバカにするなと。
 ――ああ、また怒らせちゃったか。
 別に怒らせるつもり無いんだけどねえ。いや、本当に。
 俺は睨みつけてくる長文から顔をそらした。少しうつむけ、そしてつぶやいた。
「違うんだ、長文」
 ため息とともに言葉を落とす。
 俺のそんな態度に、長文は少し気持ちを落ち着けたようだった。――というか、違う意味で驚いて動けなくなってるようだった。声も出ない。
「違うんだ。嫌ってるなんて言うなよ。俺が、お前を嫌ってるなんて」
 努めて相手に真面目に受け取ってもらえるよう、俺は懸命に努力していた。
 一見不真面目で、甘い顔の色男である俺は、実にからかうような表情が似合うのである。自分で言うのもなんだけどさ。
 でも、一旦その顔を真摯な表情に染めてみたときの効果のほどを、俺は知っていたりする。
「な、なんですか……?」
 実際長文も、急に真面目になった俺に、戸惑いを隠せないようだった。
 しかも、顔が赤くなってるな。
「恥ずかしながら、俺も子どもなんだ。……ああ、そうだ。気になる子には意地悪したいんだよ」
 そう言って更に長文に近づき、詰め寄ると長文じり、と後ろに下がる。
 ――身の危険を感じた女の子みたいに後ずさってる辺り、俺は心底誤解されてるようだけど。……誤解? じゃないかな?
「誰のことだか分かるよな?」
 じりじりとさがって、けれどついに後ろを墓にさえぎられてしまった長文は、後ろを見てそれからあせった顔で俺を見る。
「あの、奉孝殿……?」
 うわずった声で言ってくるけど、俺は構わなかった。
 手を伸ばして頬に触れる。長文がビクリと震えたのが分かる。
 どうしようか懸命に考えて、それでもどうにも答えが出ないから、長文は真っ赤になったまま動けずにいた。
 俺はそのまま長文に顔を近づけて、それから――
 目の前でにんまり笑う。
 ぐに、と長文のほっぺたを引っ張った。
「かわいいなー 」
 長文は驚いてた目をさらに見開き、それから何か言おうとして、俺の手が邪魔なのに気がついて、手を振り払う。
 真っ赤な顔をしたまま、怒鳴った。
「ひ、ひ、人を莫迦にするにもいい加減にしてください!」
 俺を突き飛ばして、お墓の間を駆けていく。やっぱり長文はおもしろいなあ。反応が可愛いし。
 さらに長文はしばらく行ってから振り返ると、思いだしたかのように怒鳴った。
「あなただけは、絶対に絶対に許しませんから!」
 それから再び踵を返すと、今度こそ走って行ってしまった。
 あららー。さらに嫌われてしまいましたかねえ。


 俺が弱みにするのは、お前に構ってもらえないことだよ――なんて。言えるわけないけど。




続く

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