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STAND BY ME 3



























 周瑜は何かを言いかけたまま、続きを言えずにいた。孫策は周瑜がどうするのかを待って、じっと黙っている。
 人気のない夜空の下、静かな空気が流れる。孫策の視線が周瑜の方を向いたのに、周瑜も気づいている、息づかいすらも届きそうな静かな時間(とき)に、周瑜が息苦しさを感じ始めた頃。
 周瑜は確かに人の気配を感じた。
 そんなはずはないと、思ったが、あり得ないことではないと思い直す。
 人を待ち伏せるに向く場所ではない。月が出ていて夜陰に乗じるのには向かない。
 でも目当ての人の方が、たった二人きりで、こんな夜に外に出てくれているのだ。これを逃す手はないだろう。
「伯符!」
 周瑜は慌てて孫策を顧(かえり)みる。
 彼も当然分かっていて、すでに刀に手をかけていた。厳しい表情の中にも、どこか嬉しそうなものをのぞかせている。
「どこの誰か知らないが、見る目のある者のようだな」
 誇らしげに言う。
 旗揚げしたばかりの君主をわざわざ暗殺しに来るなど、この先の孫策の可能性に恐れているかのようだとの言葉。
 楽しんでいるかのようなところにあきれたかったが、その剛胆なところに周瑜は思わず笑みをこぼす。
 そんな中、刺客の方が姿を表した。全部で五人。多いと見るべきか、孫策を相手に少ないと見るべきか――
 これくらいなら蹴散らせるかも知れないと、周瑜は少し安堵した。自分がそばにいれて良かったと思ってから、その思いにハッとする。
 そして、隣で孫策が馬を駆けさせた。抜刀した刀が、月の明かりを照り返して、夜の中に光る。この場を駆け抜けるつもりなのか、それとも刺客に対抗するのか、周瑜はその意志をはかりかねたが――孫策のことだから、敵前逃亡はしないだろう。



 周瑜が二人まで倒したところで孫策の方を見ると、彼は最後のひとりと刀を交えているところだった。無事だったとホッとして、援護のために駆けつけようとしたところ――
 刺客の刀が、孫策の馬を斬りつけていた。周瑜が息をのむ間もない。
 血がしぶいて、馬が前足を蹴り上げる。孫策が落馬したのが見える。その前に、一撃斬りつけられたのも分かった。暗い中にも、血が見えた。
 目を瞠(みは)る周瑜の方にもその刺客の刀が伸びてきて、周瑜は考えるよりも前に、馬を飛び降りる。直後に周瑜の馬も斬られて、その巨体が大きな音を立ててもんどり打って倒れた。間一髪巻き込まれずにすんだ周瑜は、すぐに刀を振るった。
 がん、という重い手応え。それに反して響いた澄んだ金属音と同時に、向けられた刀を受ける。そして間髪いれず、相手が刀を戻すよりも前に斬りつけていた。
 刀を振るう手に肉を断つ抵抗を感じる。そして目の前の相手が血しぶきを上げたのを見た。それで周瑜は、自分の刀が相手を捕らえたのを悟る。
 どさっという音をさせながら倒れた相手を前に、彼は刀を握りしめて立ちつくす。大きく息をはいてから相手を見下ろし、用心深くもう立ち上がる気配がないのを見てとる。
 そして周瑜は急いで刀をおさめて、走り出した。



 孫策は仰向けに倒れていた。周瑜が駆けつけて様子を見ようとそばに座っても傷を抑える様子もなく、そのままで空を睨んでいる。
「どじった」
 吐き捨てるように孫策は言った。
 罵声まで出てきそうな勢いに、どうやら大事ないようだと、周瑜はとりあえず一安心する。孫策も斬られたとは言っても避けていたから浅いものだし、落馬しても受け身をとっていた。
「人を呼んできます。すぐに戻りますから」
 でも傷を負ったことに変わりはない。周瑜は急いで言った。
 このまま孫策を置いていくことはとても不安だったが、馬も斬られてしまったから、彼をかついで行くよりも周瑜ひとりで行った方が早い。
 けれど孫策は、そんな周瑜に慌てて声を上げる。
「公瑾」
 行くな、と呼び止められて、周瑜はそのままためらいながらも立ち上がるのをやめた。返事のかわりに、孫策を見る。
「公瑾、ここにいろ。もうどこにも行くな。ここにいろ」
「でも……」
 誰かを呼んでこなくては……そう続けたかった周瑜の言葉を、孫策は強くさえぎった。
「平気だ。下手に表沙汰にして、皆を動揺させたくないんだ。少し休めば自分で立てるし歩ける」
 孫策は結局、この傷はいつもの彼の無鉄砲さのせいにしてしまうつもりのようだった。昔と変わらずに周瑜と駆け回って、無茶して負った傷なのだと。
 諭すように言う言葉は力強くて、彼が無理して嘘を言っているのではないのだと、周瑜は少し安堵する。
 そんな彼に、孫策は続けた。
「やっと帰ってきたんだ。誰が手放すか」
 まるで呪いのように、力を込めて言う。
 ――手放してしまった、あの頃の自分を呪うように。
「もう誰にも文句は言わせない。俺はお前に補佐されるに足る男になっただろう?」
 名門周家の、若き当主。世が世なら、高廉に推挙されて当然だった。袁術も周瑜を配下にすることを望んでいた。それほどに彼は、皆に認められていたのだ。
 その周瑜が、大尉を出すほどの家柄の出の者が、あくまで自称孫武の家系の孫策に仕えることに、首をひねった者も多かったはずだ。例え孫家を盛り上げた孫堅が、武勇で名の知れた者だとしても、都から見れば遠い江東でのこと。そして孫堅も死に、孫家は落ちぶれてしまった。
 引き離されたのは、自分に力がなかったからだと、孫策は思っている。分かっている。
 だからこそ、今度会ったときにはもう誰にも文句を言わせないほどに、自分が強くなっていなければと思っていたのだ。
 力が支配する世の中だ。名門の名など霞むほどに、自分の武勇をとどろかせる必要があるのだと。
 そして何より自分が誇れるように。
 周瑜のことは、誰よりも孫策が認めている。その周瑜に補佐されるに恥じない男であるようにと。
 ――――すべてはそのために。
「わたしなど、たいした者ではないのに」
 そんな孫策の思いに、周瑜はつぶやくように言った。
「わたしのほうが、伯符に仕えるには役不足だ。……情けなくて、泣けてくる」
 言いながらも、本当に泣きたくなってきていた。
 心底情けない。自分のことしか考えていなかった自分が、虚しいくらいに情けない。
 取り残されてしまったように思っていた。彼ひとりで立派になってしまったように思って、寂しかった。
 でも彼は、それは周瑜のためだと言う。  ――情けなくても、嬉しかった。
 ここにいてもいいと、彼は言うのだ。
 周瑜の帰る場所は、孫策のいるところであっていいのだと。彼のもとであっていいのだと。
「何言ってるんだ。公瑾を速く迎えに行きたくてここまでがんばったのに。……結局、お前自身に先越されたけど」
 そう言って孫策はめずらしく苦笑する。
「俺ひとりでがんばれるのは、ここまでで限度だ。俺は公瑾に頼りたい」
 周瑜にしか見せないような、少し気弱な表情だった。
「わたしで、いいんだろうか……」
 それでも周瑜は言葉を落とす。
 こんなに、情けないのに。孫策に頼られて、それを支えられるだろうかと。
「いい加減、怒るぞ。俺が、お前といたいって言ってるんだから、それで十分だろう」
 そう言われて、やっと、望まれているのだという実感がわいてくる。
 ここにいていいのだと。
 やっと、うん、とうなづいてから、周瑜は言う。
「そばにいるよ。天の許す限り」
 ――君が、そう言ってくれるのなら。
「許そうとしない天命など、壊してしまえ」
 周瑜は、いかにも彼らしい言い分に、笑った。
 ――そうだ、誰の許しもいらない。
 君が望んでくれるのなら、それで十分だった。



「鈍ったかなあ」
 ため息混じりに孫策が言って、一撃をあびてしまったことが余程悔しいのだろうと言うことが、周瑜にも見て取れる。
 ――変わらない。
 思いながら周瑜が笑うと、その笑みをどうとったのか、孫策はふてくされた表情になる。
「誰かさんが稽古の相手をしてくれないからだ」
 すねて言う彼に、周瑜はおかしそうに笑みを深めた。
「稽古の相手なら、たくさんいるでしょう」
「そういうのは違うの。互いに高めあう相手というのがいないと駄目なの」
「伯符と平等に競い合えるほど、わたしは強くないと思うけどなあ……」
「強いくせに」
「伯符ほどはない」
「だってさあ……。俺、これで剣の腕もなかったら、なんの取り柄もなくなるからな」
「取り柄なら、あるだろう?」
 孫策の台詞に、少し驚いた調子で言う周瑜に、孫策はさらに驚く。
「なんだそれ。何がある?」
 本当に分かっていない様子に、周瑜はやはり笑い出してしまうのを禁じ得ない。
「分からないんだったら、「取り柄はない」ってことでいい」
「なんだそれ……」
 孫策は怒りたかったようだが、傷のせいであまり力が入らなくて、気が抜けたような声になってしまった。
 それに気がついて、周瑜は話すのをやめる。
 孫策のそばに座ったまま、彼を守るようにしてただそこにいる。静かな眼差(まなざ)しを落としてくる周瑜を、孫策は同じように静かな瞳で見た。
 その見上げてくる瞳と周瑜の黒曜の目があった。でも今度は、そらさずに笑みを返せる。
 ――取り柄なら。
 いくらでも挙げられる。何者にも囚われない自由なところも、意志の強いところも。……いくらでも。
 けれど何より大きなものはと言うならば。
 その、目を離せないまばゆさだろう。



 後日、孫策の母の呉夫人に食事に招かれた周瑜を、孫策が迎えに来ていた。ひとりで来るところが相変わらず懲りていないと言うか無謀なのだが、その点に関しては昔からどうしようもないことなのでとりあえず今日のところは、周瑜も苦笑するのですませた。
 連れだって出かけた彼らだったが、二人とも素直に、まっすぐ孫家に向かうつもりはなかった。
 馬をおりて話しながら、ゆっくりと歩き出す。
 空は抜けるような天気だった。風も頬をなでる程度のもので、気持ちがいい。穏やかな午後の光に包まれて、静かな時間の中、周瑜は足を止めた。



  「愛してる?」
 戯れに周瑜は言う。
 蒼天を見上げながら、笑う。
 孫策はその横顔を見て、何故かとても安堵していた。やっといま、再会できたという実感がわいてきていた。
 ――周瑜が疎外感を感じていたのと同じに、孫策も寂しく思っていた。
 どこか態度が堅くて、昔のように接してくれない。自分はこんなにも周瑜に会えて嬉しいのに、また一緒にいられて嬉しいのに、それは自分だけなのだろうかと思うと悲しい。
 公瑾はもう俺のことなど、どうでもいいのではないかと、思ってしまう。
 幼い日にも「離れたら迎えに行く」と言った。あの別れの日にも、必ず帰ってこいと言ったのに。その約束も虚しかった。
 だけど離れていて思ったのは、ひたすら会いたい、会いたいと、それだけ。
 その自分の思いを信じてもいいのなら。周瑜も同じだと信じてもいいのなら。
 ――大丈夫だと、思える。
「愛してるよ」
 孫策も笑いながら、答えた。




「お帰り」
 たくさんの思いをそのひとことに込めて、孫策は笑った。
「ただいま」
 優しい笑顔が、同じようにたくさんの思いを込めて孫策に向けられる。
 寂しかった、少しすれ違った。けれど結局最後に互いに向けられるのは、何ものにも変えがたい思い。
 ――――愛しかった。
 彼とともにいるこの時間も、この空気も、何もかも。
おさえきれなくて、両手をのばす。
 何もかもをつなぎ止めるように、抱きしめる。




























後書きと言うべきか……駄文


■珍しいことに今回、タイトルだけはずっと前から決めていました。「STAND BY〜」には
 そばにいる。
 援助(味方)する。
 (約束などを)守る。という意味があります。
 そんで「STAND BY ME」は「わたしのそばに」って意味です、確か。「スタンドバイミー」の映画のタイトル意味分からなかった人、勉強になりましたね。なんて言って、御桜も文系の人間なのに英語は大の苦手ですが; だから御桜が横文字タイトルつけるのは、本当に珍しいことです。
■で、注意書きでも言ってますが、中に出てきてる「愛してる」の言葉には、そっち的な意味はありません(笑)。って、なんかでもこの内容……;
■とにかく出だしはこの言葉と雰囲気を書きたかっただけで、それを書いてから今回の内容を決めたのでした(つーか、やっと浮かんできた)。この頃のことって実は御桜はよく分かってなくて、結局創作してしまったのですが… 色々説がありますからねー。孫堅が死んだのが策一七歳の頃で、策の独立が二〇歳という設定です。で、周瑜と策が別れたのがパパの死後の……どれくらいかなあ、二、三ヶ月後くらいの設定になるのでしょうか (いい加減な奴め)。しかし三年というのは短いようで長いですよ。今で言うなら、高2から大学2年までですよ。ん、違う? まいいや。ちょっと年齢をずらしてみて、中学卒業で別れて大学で再会するみたいなもんかな。そう言うとやっぱ遠い気しますよね。高校三年間会っていない友だちを思ってご覧なさい(読んでる人……小学生とか……もしいたらごめん。中学生も、ちょっと感覚違うかなあ)。一番多感で青春な時期ですから、その頃にそばにいられないのはとても痛いことだと思います。20歳といえば大人な感じがしますが、実際なってみるとそんなでもないと思うんですよね(この頃御桜は一応まだティーンエイジャーだった……)。周瑜ちゃんはきっと寂しかったのだ。
■さて実はこの話の前の時間くらいの設定でも、話を書こうかと思っていますした……。この話を載せるためにここを読み直していて、それを思い出しました。でも、どんなのかこうと思ってたのか、忘れました……(嘆)。いつかひょっこり思い出すといいなあ。
■この話自体も、長短期間で書いたからなあ……。出来上がった直後、いったいどんな話を書いたのか自分でも把握できなかったくらい(おい;)。これ、まったくもってまっさらの状態で始めたからです。ネタさえありゃ、勢いで速く書き上げあられるんですが(つうか、今まで速く書き上げられたのはネタがあったから)。
■そんなわけで今回はいつもと話のテンポが違うかな。しかもなんだか穴だらけ?


 以上後書きでした。長……!        

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